2016年9月17日土曜日

あの感動をもう一度味わえたら

先日、私が初めてMINIのステアリングを握った日のブログにコメントをしてくださった方がいる。1台のMINIでかなりの距離を走って、また別のMINIに乗り換えているそうだから、かなりのMINIファンなのだろう。

このブログは、その日のドライブの思い出をいつでも鮮明に思い出せるように記録することを主な目的としていて、どちらかというと自分で読み返して満足するブログだと思っている。よってコメントを頂くことは稀なのだが、折角なので、私も初めてMINIに乗った時の文章を改めて読んでみた。すると、数行読んで「あれ、あの時の感動はどこへ行ったのだろう」と思った。あれから2年余りが経過しており、最近も何度かMINIには乗ったが、初回のような凄まじいほどの感動はもう感じられない。

当時も後にこうなることを少しは覚悟していたが、「慣れ」や「経験」とは恐ろしいもので、同じものが相手でも、何度も接するうちにそれから受ける印象は少しずつ変化してくる。その変化も含めて記録に残すように努めてきたため、同じMINIのドライブに関する文章でも、時期によって書くことは多少なりとも違うはずだ。私は広告のようなレビューを書く自動車評論家ではないし、まだ経験を積む過程の運転歴3年目のビギナーであるから、一つの車に対して立場を固定する必要は全くないと思う。

現在、MINIやBMWに乗っても当時のような感動がないことは勿論寂しい。しかし、何度も乗るのに微塵もマイカーにしたいとは思わない日本車ばかりの中で、MINIやBMWはこれまでに何度も「欲しい欲しい」と書いてきた。見方を変えれば、私がMINIやBMWにすっかり馴染んでいることの証ではないかとも思うわけだ。


そんなことを考えながら、実は近いうちにあのMINIのような感動を再び味わえるかもしれないことを思い出した。感動することを期待するのも変な話だが、それは何かというと、シトロエンである。

私がBMWと同列に愛するのがシトロエン。BMWは祖父の車、シトロエンは父の車だった。どちらも私がまだ車の乗り味などよくわかっていない子供の頃にしか乗ったことがないが、そのデザインやら、雰囲気やら、音やら、オーラだけで大好きになってしまうほど魅力的な車である。幸運にもBMWは「わ」ナンバーだが思う存分ドライブすることができて大変満足している。その一方で、シトロエンはその希少性から街で見かけることすら稀で、「わ」ナンバーを探してもなかなか見つからないのが現実だった。

いつかマイカーを選べる時が来た時に、BMWはしっかり経験があるので問題ないが、シトロエンは自ら運転した経験がないままになってしまうのだろうかと思っていた。ディーラーから試乗車を借りて街を走るだけでは、その車の本当の価値は理解できないと考えているので、可能ならば1日でも2日でも借りて運転してみたい。そもそも、最後のハイドラクティブを積んだC5が販売終了してハイドロ・シトロエンが全滅したから、ディーラーではハイドロを試せなくなってしまったではないか。

こうして諦めかけていたところ、ハイドロ・シトロエンに乗る夢が叶えられそうな案が突如として浮上してきたのであった。先方の事情により今すぐにという訳にはいかないが、私が乗る時までに、そのシトロエンが無事でありますように。

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